手土産
the meeting place
僕の父と母は、再婚同士だった。父がバツ2で、母がバツイチ。
どちらも子どもがいたけれど、別れた相手が育てていたらしい。
結婚するときは再婚同士ということで、色々と厄介な問題があったと聞いた。でも、とにもかくにも父と母はあるとき出会い、そしてめでたく結婚して、その結果、僕が生まれた。
父は九州の小さな島で育ち、母の出身は北海道。どちらも親戚付き合いをするにはあまりに遠くて、新潟の、山に囲まれた町で育った僕は、自分の親戚の顔をまったく知らずに大人になった。
といっても僕には、親戚なんて必要なかった。
十八で両親の元を離れ、東京で暮らすようになってからは、学校やバイトで毎日が忙しく、友達と恋人がいれば他に必要な人間関係なんてなかった。それで十分だった。だけど…。
ある年の正月、恋人の実家に、挨拶がてら遊びに行ったことがあった。
彼女の家は兄弟がたくさんいて、親戚も大勢集まっていた。
そこで僕は、家族という器の大きさ、というか、あたたかさをはじめて知った。そして同時に、自分がひどく寂しく、みじめな存在に感じた。僕には、父と母しかいない。
その父が亡くなったのは、今年の春のことだった。がんだった。
急な報せに慌てて実家に帰ると、母も驚いていた。父は自分の病気のことを最後まで誰にも告げずにいたらしい。
「ねえ、どうしよう」
「どうしようって」
「お父さんのお葬式。誰をどこまで呼んだらいいのかしら」
僕と母が最初に直面した問題はそれだった。
「見て!書斎の引出に、お父さんの遺言が見つかったの!」
そこには、葬式に呼ぶべき人のリストがすでに作られていた。
父の葬式には、全国から見知らぬ顔の親戚たちが集まってきた。
南は沖縄から、北は北海道まで。 全国に散らばった親類縁者が、「最後くらいはちゃんと顔を見て見送ってやろう」と、父を偲んで集まってきた。
読経が済んでおときの会場に移動すると、場はとたんに賑やかになった。
はじめましての挨拶がそこかしこではじまった。いろんな方言が飛び交った。僕と母はビール瓶を片手に、挨拶と自己紹介をして回った。
「あんた似てるわ、若いときのあいつにそっくりだよ」
「そうですか、はじめて言われました」
「ねえ、今度うちに遊びに来てよ」
「まあ飲めや、飲めんだろ。九州男児の息子だろうが」
「おっとっと!」
会場の隅に飾られた父の遺影の前には、全国から持ち込まれた手土産がずらりと並んでいた。通りかかると、ちょうど空いたビール瓶を手に、母がやってきた。
「ここだけ、全国のお土産の物産展みたいね」
「ほんとだ。なんだか、うちの葬式じゃないみたいに賑やかだよね」
「…お父さんが、みんなを集めてくれたのよ」
「うん」
「おーい、せがれ!」
「あ、はい、今いきます!」
僕も母と同じことを思っていた。きっと父は、残された僕と母がさびしくないよう、自分のお葬式を使って、縁のある人たちをこうやって紹介してくれたのだ。
振り返ってふと見つめた遺影の中の父は、僕を見つめ返して、やさしく頬笑んでいる。
放送日:2020年5月19日
出演:相木隆行 荒井和真 佐藤みき 松岡未来
脚本:藤田雅史 演出:石附0弘子
制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす