思い出再生旅行
Travel to play memories
父の死から二年が過ぎた。
我が家は、僕も妹も、ようやく父のいない暮らしに慣れてきた。
でも、母だけはまだ悲しみから立ち直れずにいる。
「母さん」
「ん、なあに?」
「いや、今日可燃ゴミの日だから、何か出すものあるかなと思って。こないだ、父さんの服、まとめてただろ」
「そうね…、処分するの、まとめといたのがあったわ。今、出してくるから待ってて」
母はときどき、自分の部屋にこもって、旅先で撮影した父との思い出の写真のアルバムを眺めては、涙をぬぐっている。父と母は旅行が趣味だった。子どもに留守番をさせて、ふたりで国内のいろんなところを回っていた。
そんな母に、僕と妹で考えて提案をした。
「旅行?」
「思い出の場所をさ、もう一回めぐってきたらどうかな」
「家に閉じこもって写真見てるよりずっといいって。ひとりが嫌だったら、一緒に行ってあげるから」
母は五十歳と若い。人生はまだ半分近く残っている。早く元気を取り戻して欲しかった。
それ以来、母は日本全国、思い出の場所へひとりで旅してまわっている。
最初はつらそうにしていたが、だんだん、旅行そのものを楽しめるようになってきた。 もともと出歩くのが好きな人だから、目に見えて元気になっていった。
「私は来週から一週間、北海道だからよろしくね」
「え、また? こないだも行かなかった?」
「北海道だもの、広いじゃない。こないだは道南だったでしょ。今回は東の方。あとよろしく、水やり忘れないで」
そんなふうに、ペットや植物の世話を急に押しつけてくる。
「最近、旅行し過ぎじゃない?」
「家にいても退屈なんだもん。お父さんの残してくれたお金もあるし。それにほら、誰かいい男と出会えるかもしれないでしょう。ふふ」
最近では、そんな冗談も言うようになった。
そして、驚くことに、母は本当に、旅先で再婚相手をつかまえてきた。沖縄の離島の民宿で出会った人だという。僕はそんな母に、なんだかあきたりないものを感じて、妹に愚痴った。
「女ってのは薄情だよなあ。したたかっていうかさあ…。父さんを偲んで旅行してたんじゃなかったのかよ」
ところが、妹は言った。
「違うよ。お母さんはさ、思い出の場所を全部まわって、お父さんにちゃんとお別れをしてきたんだよ」
母が旅先で撮ってきた写真を見せてもらった。
昔、父と一緒に撮ったときと同じ場所を、同じように撮っていた。 まるで、父との思い出を確かめるみたいに。思い出のひとつひとつを、胸に焼き直すみたいに。
「お母さんがお父さんを忘れることはないよ。だから、私たちも応援してあげようよ」
「…」
「お母さん、言ってたよ。相手の人はね、お母さんのことだけじゃなくて、お母さんの中にいるお父さんのことも、ずっと大切にしてくれる人なんだって」
本当かよ、と昔の写真を手に取ると、若い父がまぶしい顔で、少し悔しそうに僕に頬笑みかけてくる。
放送日:2020年8月18日
出演:樋口雅夫 松岡未来 佐藤みき
脚本:藤田雅史 演出:石附弘子
制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす