遠い国から来たコーヒー
Coffee from far away
「はい小山です。おお、久しぶり。いやあ、ずいぶんご無沙汰しちゃって……え?…佐倉井が?」
大学時代の友人が亡くなったと聞かされたのは、十日前のことだ。
大学の四年間、ずっと一緒に過ごした奴だった。
あいつとは三十を過ぎるまではよく酒を飲んだり遊んだりしていたが、互いに所帯を持ってからは疎遠になり、しばらく顔を合わせていなかった。しょっちゅうスマホでやりとりをするような、今っぽい関係じゃないから、声も聞いていない。でも、いくら離れていても、すぐ近くに感じるような、そんな友達だった。
最後に一緒に酒を飲んだのは、四十の頃だっただろうか。あいつは脱サラして、コーヒーの仕事をはじめていた。
「俺はさ、最高にうまい、世界一のコーヒーをつくるから、そしたらお前、飲んでくれよ。最初におまえんち、送るから。な、飲めよ。あ? 何がコーヒー苦手だよ。ふざけんな、俺のコーヒーが飲めないってか、おい」
あのとき、一生の仕事が見つかったと、目をキラキラ輝かせていたのを覚えている。
数年前、あいつが南米に渡ったことは人づてに知っていた。
そして、向こうで事故に遭ったのだ。
亡骸は現地で火葬され、今夜、日本で親しい者だけのお別れの会が開かれるという。
あいつは家族を日本に残して、南米でひとり暮らしをしていたそうだ。お別れ会の挨拶の中で、奥さんが言った。
「最後の電話で、夫は『最高のコーヒーができた』と喜んでいました。それをお土産に帰国する直前だったんです。きっと、天国で悔しい思いをしていると思います」
でもそれを聞いて、俺は心の中で、よかった、と思った。
五八歳はまだ若い。だけどせめて、男が人生を賭けて取り組んだ仕事の、その夢を、叶えることができたのなら。
よかったな、お前。最高のコーヒーができたのか…。
だったら、いい人生だったじゃねえか。
お別れ会を終えて、ひとりで酒をひっかけてから家に帰った。
靴を脱いで玄関に上がると、荷物が届いていた。国際小包。
あいつからだった。発送日を確かめると、事故に遭う一日前だった。
急いで開けてみる。
そこには、真空パックのコーヒー豆と、淹れ方を記した小さなメモが入っていた。 学生時代のノートで見慣れた、あいつの字だった。
『コーヒー苦手とか言わずに飲めよ』と、最後に書いてる。あいつの声が聞こえてくるようだった。
書かれていたとおりに、慣れない手つきでコーヒーを淹れてみる。
ふわりと華やかで上品な香りが立ちのぼった。
いただきます。
そう小さく呟いてカップを手に取ると、涙がひと粒、その中にぽたんと落ちた。
放送日:2020年9月1日
出演:荒井和真 樋口雅夫 佐藤みき
脚本:藤田雅史 演出:石附弘子
制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす