シロクマとクロクマ
White bear and Black bear
「で? その子のお葬式、行くの?」
「うーん、どうしようかと思って」
「転校したの、いつだったっけ」
「小五のとき。だからもう二十五年も会ってないんだよね……」
ミズキの訃報は、ネットで知った。
ぬいぐるみ好きの間ではけっこう有名な、ハンドメイド作家の水口ミズキは、私の小学校の同級生だった。
それもただの同級生とは違う。親友だった。
三年生のときに同じクラスになってから五年生の冬まで、私たちは毎日一緒に学校に行き、毎日一緒に学校から帰った。まるで姉妹みたいにお互いの家を行き来して、小学時代の楽しい思い出をみんな共有した。
ミズキが転校すると知ったとき、私はショックで何日も泣いた。泣いて泣いて、泣きながら彼女を見送った。
ミズキは動物のぬいぐるみが好きで、私の部屋にあったシロクマのぬいぐるみがお気に入りだった。だからお別れの日、私はそれをミズキにプレゼントした。一生友達でいようね、と手紙を添えて。便箋には、私とミズキのふたりのつもりで、シロクマとクロクマの絵を描いた。ミズキも私に手紙をくれた。そこには「ずっと親友だよ」と書かれていて、私はそれを読んでまた涙を流した。
ミズキが遠くの県に引っ越してからも、手紙のやりとりはしばらく続いた。でも中学に上がると、やりとりの回数がだんだん減っていって、そのうち年賀状だけになり、そして高校を卒業する頃にはそれも途絶えた。
ミズキがハンドメイド作家になったことは、一昨年、偶然、ネットで知った。子どもに何か作ってあげようと思って、ぬいぐるみの作り方を検索していて、たまたま彼女のホームページを見つけたのだ。会いたい、と思ったけれど、もし忘れられていたり、迷惑がられたら……と思うと、途端に連絡するのが怖くなった。昔の友達は、昔の思い出の中で大切にできれば、それでいいじゃないか、そう思って、ときどきホームページを覗くだけにした。
「やっぱり行くことにしたの?」
「うん、新幹線乗れば間に合いそうだし」
葬儀についての情報がSNSに出ていたので、私は悩んだ末、行くことにした。私は大人になった今の彼女を知らない。でも、お別れが言いたかった。私は、今も彼女の親友でいたかった。
葬儀会場は、たくさんのぬいぐるみが飾られていて、その賑やかで可愛い雰囲気は、なんだかお葬式というより、彼女の個展みたいだった。お焼香のときに祭壇に近づくと、一番目立つところに、やけに古ぼけたぬいぐるみが置いてあった。
え? と思ってよく見ると、それは私があげたあのシロクマだった。
会場を後にするとき、ミズキのお父さんに呼び止められた。
「あの、もしかして、あみちゃんですか?」
「え、あ、はい」
「あのさ、ミズキの棺に、あのシロクマも入れてあげたいんだけど、いいかな。あみちゃんにもらったやつ。ずっと大切にしてたからさ。あの子が淋しがると、かわいそうだからさ」
私は言葉が返せずに、こみ上げるものを我慢しながら頷いた。
「君にもらったのが嬉しくてね。でも自分は何もあげられなかったって、そんな自分が恥ずかしいって、ずっと言ってたよ」
「そんな」
「ときどき、君の話もしてたんだ。いつかまた会いたいって」
「…」
「あ、それと、これ。あの子が最後に作っていたぬいぐるみなんだけど。たぶん、あみちゃんに、って思いながら作ったと思うんだ。だから、もらってくれないかな」
それは、私があげたシロクマとまったく同じ大きさの、クロクマのぬいぐるみだった。
「あみちゃん、あの子の親友でいてくれて、本当にありがとう」
私はそのぬいぐるみを受け取りながら、悔やんでも悔やみきれない気持になった。どうしてあのとき、連絡しなかったんだろう。会いたかったのに。すごく、会いたかったのに。
そのクロクマのぬいぐるみは、今、私の部屋の枕元に飾ってある。
ときどき、ぎゅっと抱きしめて、私は大切な親友のことを思い出している。
いつか私が彼女のそばに行くときは、このぬいぐるみを、ちゃんと持っていこうと思う。
放送日:2021年2月16日
出演:松岡未来 佐藤みき 星野あつシ
脚本:藤田雅史 演出:石附弘子
制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす